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裏庭
裏庭へようこそ! 森クマのひとりごと、愚痴がつづってあるだけです。 見ないほうがいいかも…^^;。

今年も「妖怪シンポジウム」へ

昨年誘ってくれた友人が、自分は今年は行けないけどどう?と、また知らせてくれた「妖怪シンポジウム」です。
もちろん!と二つ返事で行ってきました。

昨年より広い会場でしたが、参加者は同様です。
まあ、この名前に惹かれてくる人は、あまりいませんよね?(-_-;)
でも、今回も小松和彦氏のお話は興味深かったです♪
「奥州安達ケ原鬼女伝説の発生・変容」と題して、二本松市に伝えられている安達ケ原の鬼婆の伝説について。
現在、二本松市に残っている話は、
A・・・京都の公家に仕えていた乳母の岩手が、不治の病にかかった姫君を救うには妊婦の生き胆が必要と告げられ、安達ケ原まで彷徨ってきて生き胆を探していた。ある日、ついにお腹の大きい旅人夫婦がやってきて、岩手はその妊婦の腹を裂き生き胆を取り出すが、その妊婦は生き別れた実の娘だとわかり、驚愕と悲嘆のあまり岩手は発狂して鬼となってしまう。

B・・・鬼となった岩手は、その後も優しい里人をよそおい旅人を襲っていたが、ある晩、熊野の僧に正体を見破られる。鬼婆は僧を追いかけるが、僧が絶体絶命の中、観世音菩薩に祈ると、天の観音が矢を放って鬼婆を射殺した。

歴史的な資料としては、能「黒塚」、「拾遺和歌集」、「曾良旅日記」などには、鬼がいたらしいという記述があるだけで、Bの内容と似ているが、Aの内容は、実は、江戸時代の浄瑠璃と同様な内容(特に「岩手」や若夫婦、僧の名前も同じ)となっている。
地元に伝わる民間伝承と思われていたが、それだけではなく、浄瑠璃や能によって広まったものが付け加えられて、新たな伝承が出来上がったのではないか、という説でした。

私は、小学生の頃に、安達ケ原には昔、おそろしい鬼婆がいて、旅人を泊めては襲っていたそうだと聞きました(本で読んだのかもしれません)。Bの内容ですね。単なるお化け話のたぐいという印象でした。
たしか、大人になってから、A+Bの話を知り、あまりに陰惨な内容に驚き、それ以来、この話は好きではありませんし語りたくもありません。
先日、この話が好きでよく語るという方がいてびっくりしましたが、芝居か浄瑠璃のようなつもりで語るのであれば、好きな方もいるかもしれないと腑に落ちました。

このほか、佐々木高弘氏の聞き取り調査の実際の様子では、同じ地区なのに家々によって話が違って伝えられている場合、実は、ある特定の家を語っている場合があるとか、手塚恵子氏の中国ミャオ族の神話聞き取りの実態では、現在でも歌や踊りが娯楽ではなく、実用的な伝承として残っている事例が紹介され、民俗学的な面白いものでした。

合間に地元の語りも聴け、なかなか楽しい会でした。



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