裏庭
裏庭へようこそ! 森クマのひとりごと、愚痴がつづってあるだけです。 見ないほうがいいかも…^^;。

3月のライオン 後編

映画「3月のライオン後編」が始まったので、早速観てきました♪

今回の準主役は、後藤!
終盤の獅子王戦決勝のあたり、よかったです。
でも、個人的には、零と宗谷名人との心の交流をカットして欲しくなかったぁ~。
天才同志がじんわりとわかりあえる場面、宗谷名人(加瀬さん)がフッと笑う場面を見たかったです。
ひなちゃんのいじめよりそっちを・・・でも、「いじめ」がないと将来の結婚という局面に進まないし・・・(-_-;)。
なにより、原作の筋に沿ってるんですか?
連載中の分は読んでないので、わからないのですが、どうもうまくまとめられてしまっているような感じがします。
ちょっと欲求不満が残りますが、原作を読み直して解消します(笑)。

あ!でも、映画の最後のクレジットが、
3月のライオン March goes out like a lamb.  になってました。



March comes in like a lion, and goes out like a lamb.

タイトルは、英語のことわざです。
「3月はライオンの如く来たりて、子羊のごとく去る」。
イギリスの天候に関することわざで、3月初めは荒れた天気が続くが、末には穏やかな天候になるという意味。

この前半をもじったのが「3月のライオン」。
 羽海野チカ 白泉社(既刊12巻)

テレビアニメ化ではまり、原作コミックも読み、今回の映画(前半)も観てきました♪
実写化なので、当然、登場人物は原画に似せてあります。
ももちゃんはかわいいし、担任役の高橋一生もいい。
陰の主役ではないかと思われる島田八段の蔵之介さんは、はまり役!
そして、意外に一番雰囲気が出てるのが、宗谷名人役の加瀬亮。
原作の透き通り感がよく出てます。

話の展開が早いのは仕方がないとしても、
原作のヒリヒリした感じとほっこり感がよく出てて、原作ファンも素直に楽しめます。
後半は、来月末に封切りとなるので、すぐ観れます。
最後は、ことわざのようになるのか?
それとも、ライオンのままなのか?
楽しみです。

映画「ラ・ラ・ランド」

モーニング料金で観られる!とわかって、先日、「ラ・ラ・ランド」を観てきました。
チケットを買うときに、舌がもつれて「ラララランドいちまい」と言ってしまったような気がしたけど、
平静を装っていたら、「一般料金でいいですか?」と聞かれました。
実は、私の前の方はシニア料金(60歳以上)だったのよね。
 えー?そう見えた?  
やっぱり、「ラララランド」のせい?(-_-;)
ちょっとショックだったけど、シニアになれば毎日お得!?それもいいなぁ~。

大人のミュージカル、しかもアカデミー賞6部門受賞なので、絶対はずれなしと思ってたのですが・・・
主役二人が好みじゃないので、他人の恋愛事のようで、いまいちノレない。
 えー?こんな映画なのぉ~?  
と思い始めた後半。
それまでの不満を吹き飛ばすような展開になり、最後のほほえみですっきりしました。
大人のミュージカルでした。

映画「沈黙 サイレンス」

明日、遠出の予定がなくなったので、それなら今日出かけてもいいかな~?
というわけで、久しぶりに映画を観に。
本能寺ホテルも気になるけど、これは後でテレビで観てもいいから、
映画館向きの「沈黙」を。

遠藤周作の原作「沈黙」は、ずーっと昔に読んだはずですが、
その後、新聞連載された「女の一生」とごっちゃになってるみたいで、
映画が始まってからも、あれ?こんな話だっけ?状態。
でも、すぐに集中できて、3時間近い長い映画なのに長さを感じませんでした。
外国映画なのに、日本がよく描かれていると思いました。
ラストサムライのような異様さはなかったです。

ただ、いつも思うことだけど、私にはキリスト教は理解できませんね。
キチジローと同様、性懲りもなく何度も神さま(八百万の神様のほう)に神頼みしてしまいます。
そういう意味では、キチジローには共感できたような気がします。
それでいいのかな?

           

映画「人生フルーツ」

夕方、珍しくテレビをつけていたらドキュメンタリー番組をやっていて、これがとても面白かった。
東海テレビが作った番組で、映画になって公開されているようです。
「人生フルーツ ある建築家と雑木林のものがたり」というタイトルで、建築家の津端修一さんとその奥さんとの暮らしぶりを2年間追ったドキュメンタリーです。
このお二人の、自給自足のつつましやかな生活もすごいですが、
たぶん取材中に、突然修一さんが亡くなってしまったのに、その葬儀の様子まで取材させていることに驚きました。
いくら高齢とはいえ、夫が突然死したのに、動じない奥さん。
悲しんでいないわけではないのです。
死を当たり前のこととして受け入れているその態度に、日々の覚悟を感じました。

私も、そろそろ本格的に自分の最期とむきあわなくてはいけないなと、思いました。